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三好大助が探求している叡智を紹介します

Wisdom

"一人ひとりの内側が、世界を創る"

“この世界の本質的な変容のためには
外側に素晴らしい仕組みを作り上げるだけでなく、
それを動かす人間の内側が進化する必要がある”

グラミン銀行やGoogleといった、優れたビジネスや組織制度を持つ企業での経験から得た
この気づきに突き動かされて。”内側の世界” をめぐる僕の探求は始まりました。

このページでは、僕が探求している数々のインナーテクノロジー(内的変容を促す技法の総称)や
ネイティブアメリカンの長老, アマゾンのシャーマン達から教わっている意識変容の叡智を
分かりやすい形でまとめて紹介していきます。

正直言って、このページは短くありません。

あなたが、自分本来の光をますます思い出し
より生き生きとした人生を送る、その助けになることを願って
想いを込めて、つくりました。

よかったら休みやすみ、ぜひ最後まで読んでもらえると嬉しいです:)

もくじ(クリックで移動します)

"一人ひとりの内側が、世界を創る"

“この世界の本質的な変容のためには
外側に素晴らしい仕組みを作り上げるだけでなく、
それを動かす人間の内側が進化する必要がある”

グラミン銀行やGoogleといった
優れたビジネスや組織を持つ企業での経験から得た
この気づきに突き動かされて。
“内側の世界” をめぐる
僕の探求は始まりました。

このページでは、僕が探求している
数々のインナーテクノロジー
(内的変容を促す技法の総称)や
ネイティブアメリカンの長老
アマゾンのシャーマン達から教わった
意識変容の叡智を
分かりやすい形でまとめて紹介していきます。

正直言って、このページは短くありません。

あなたが、自分本来の光をますます思い出し
より生き生きとした人生を送る、
その助けになることを願って
想いを込めてつくりました。

よかったら休みやすみ、
最後まで読んでもらえると嬉しいです:)

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すべての行動には、“起点” が存在しています。
それは言い換えると “意識の深さ”
誰もが幼少期に抱えた “痛み” を二度と味わいたくないという無自覚な “恐れ” を持っています。
そしてその “恐れ” が生み出す無自覚な “行動パターン” を誰もが持っている。

この (A) 恐れを起点にした無自覚な行動パターンからは、本人にとって不本意な現実しか創り出せず、無自覚な “恐れ” をさらに増幅させる結果を繰り返す、というのが僕の仮説です。

ではどうすれば、この “恐れ”“痛み” を受容し、(B) のようにより深い意識の “源” から、本当に創り出したい現実を人間は創り出せるようになるのでしょうか。

その問いを考えるために。
まずは僕たち人間が、どのようにして “不本意な現実を生む行動パターン” を持つに至るのかを見ていきたいと思います。

1.
誰しもが幼少期に “痛みを伴う体験” をします。
僕であれば、親のしつけで真っ暗闇の地下室に閉じ込められていた時間が痛みとしてありました。

2.
その体験から強い不快な “感情” が生まれます。
※僕の例:強烈な孤独感、悲しみ、そしてなんでこんなことするんだという怒り

3.
幼少期は “痛みの感情” に直面して味わうことに耐えられません。
なので子どもは “その痛みが起きた理由” を無自覚に考え出して、思考のドラマに浸ることで、痛み自体を味わうことから距離を取ろうとします。

※僕の例:「自分は居ても居なくてもいい存在なんだ(だから地下室に連れてかれるんだ)」このように思考のドラマに浸ることで、実際の隔離された寂しさ(痛み)を紛らわせることができる

こうした「自分は◯◯なんだ(だからこの痛みの状況が起きたんだ)」という “信念” となる一文を誰もが無自覚に複数持っています。

4.
“痛みの体験” とそこから生まれた “感情” は誰しも二度と味わいたくはありません。
なので自分で作り上げた “痛みの理由” を、自ら克服することで “痛み” から回避しようと無自覚に行動します。

※僕の例:”居ても居なくてもいい存在” だから、”痛み” を味わうことになる。だから親の前はもちろん、あらゆるコミュニティで “居てもいい存在” になるために頑張る。

こうした “痛みから回避するための行動” を、誰もが無自覚に取っています。
(そう、”無自覚” であることがすべてのポイントです)

※僕が過去よく行っていたパターンの例:自己紹介の場面で、一生懸命話し、人から興味を持ってもらえるよう頑張る

5.
しかし現実としては、 “信念” で抱えている「自分は◯◯だ」を体験する “不本意な現実” が必ず最後に起こってしまいます。

※僕の例:一生懸命自己紹介するけど、相手の人が “引いている” ように見える。そして「やっぱり自分はここに居るのに相応しくない人間なのかも」と思ってしまう。
(実際は、相手も急に大声で話されて驚いてるだけで、”引いてる” とは限らないのに、そう解釈してしまう)

この「やっぱり自分は…」の「やっぱり感」がクセモノで、このようにして “信念” は強化されていきます。

同時に「ならば一層、回避するように頑張らなければ」と、“回避行動” を強化していくことになります。

このようにして、自分が無自覚に抱えている “信念”“回避行動” はどんどんと強化されていきます。
それと同時に、奥底に横たわっている “感情” は受容されることがないまま、ますます深くに幽閉されていく。
そんなサイクルを誰もが持っています。

冒頭の図に適用すると、このようになります。
注意をしたいのは、このサイクルがあること自体に、良い悪いはない、ということ。
幼少期の純粋な生存本能から生まれたものですし、当然行動パターンが卓越すれば能力も上がります。
ただ、もし無自覚にパターンを繰り返しているとしたら、ちょっと不自由に感じませんか?という提案なんです。

では、より自由に、自覚的に、望む現実を創造したいと願ったとき、僕たちはこのパターンをどうやって組み替えていけるのでしょうか?

結論はとてもシンプルです。
それは、その “痛み” があっても大丈夫、という受容が生まれること。

なぜなら、このすべてのシステムは、”痛み” を避けるために回っていたからです。
でもその肝心の “痛み” が、もう避けるべきものでなくなったとしたら?
この 3. 以降のシステムは動く目的を失います。

この “痛み” の体験から生まれた “感情” は、ずっと “信念” によって深くに閉じ込められていました。
“感情” とは本質的にはエネルギーの動きであり、本来は留まることなく身体の中を流れていくものです。
それが「感じないように」と固められて動きを止められ、身体の内側の深いところで滞留してしまう。
そして、それが二度と開けられないように(二度と起こらないように)無自覚なパターンを繰り返す、というのがこれまで見てきたことでした。

しかし、もうあのときの “痛み” はあって大丈夫、とそこで生じていた “感情” もちゃんと解放して身体全体で感じることをゆるせたら。
そこに幽閉されていたエネルギーは内から外へ循環していくとともに、“信念” の反転が起こります。

僕の例であれば、地下室に閉じ込めるという躾自体には、良い悪いはありません。
そして親にとっては、それは純粋な愛から行っていた、ということが今ならわかります。
(このことに関しては、親との深い対話を、何度も何度も繰り返した末に、今の僕のこの認知があります)

そしてもちろん、両親にとっては「居ても居なくてもよい存在」でもなく、「居るだけの価値がある存在」だった、が真実だったのです。

ここで一つの種明かしをすると。
実はこの “信念” とは「自分が◯◯がない」という文法で、出来あがっています。

僕の例である「自分は居ても居なくてもよい存在だ」も、言い換えると「自分は居る価値が “ない”」と整理できます。
このように、 この “痛みの理由付け”(”信念” を生み出す)プロセスでは、「自分の何かが “ない” から、この痛みの体験が起きたのだ」と、必ず「自分は◯◯がない」の文法で構成されています。

その上で、”痛み” による “感情” が受容されると、どうなるのでしょうか?
“痛み” に対する理解とともに、実は次第に “信念の反転” が進んでいきます。

僕であれば、「自分は居ても居なくてもよい存在だ(居る価値の “ない” 人間だ)」と強く思ってきたからこそ、
「誰もに、ただ在るだけで、とても美しい価値が “ある”」と、”痛み” を受容した今、心から感じています。

人一倍、それが “ない” ことを体験として積み重ねてきたからこそ、
逆に今、それが “ある” ということを、誰よりも豊かに体験できています。

このように、「自分が “ない” と思ってきたことは、実は “ある” んだ。しかも自分だけじゃなく、 “誰もに”」という気づきが、”痛み” の受容の先に起こるのです。

この「自分は◯◯がない」から「誰もに◯◯がある」の反転こそが、一人ひとりの人生の意味であり、美しさなのだと、内側の世界を探求してきた今、感じています。

なぜなら、同じ痛みを味わったとしても、一人ひとり “ない” ことにするものは、全くといっていいほどユニークに異なるからです。

例えば、僕と同じように幼少期に地下室で閉じ込められる躾を受けても、そこから行う “痛み” の理由付けは、まったく異なるはずです。
人によっては、「自分は親とつながっていない」かもしれないし、ある人は「自分はユニークでない、平凡で劣った人間」になるかもしれない。

そして結果として感情の受容が起きたとき、“ない” と思っていたことは、実はずっと “あった” んだという体験が起こります。

「誰もにつながりがある」「誰もにユニークな輝きがある」

そのような気づきと信念の反転が起きたとき、それは自然と、そのまま一人ひとりが “世界にもたらしたいもの” として深いモチベーションの源泉になっていくのだと、僕は思っています。
なぜなら、それが “ない” ことの痛みを人一倍知っていて、それがゆえに本当はそれが “ある” ということを、世界に知ってほしい、思い出して欲しいと、自然な動機が湧くのではないかと思うからです。
(少なくとも僕の場合は「誰もが存在として、ただただ美しい」と伝えたい情熱が驚くほど明確になりました)

そしてもっと踏み込んで言ってしまうと、「誰もにつながりがある」「誰もにユニークな輝きがある」と伝えることを “Life Purpose”(世界にもたらしたいもの)として地球に生まれたからこそ、その逆にあたる「自分は親とつながっていない」「自分はユニークでない、平凡で劣った人間だ」という “信念”(理由付け)を自ら選んだ、とも言えるのでは、と最近は感じています。

もともと「誰もに “ある”」と知っているものを、地球に生まれてから「自分には “ない”」という体験をさせる。
だからこそ、誰よりも人一倍、それが “ある” ことを豊かに体験でき、世界に分かち合う情熱と共感が生まれる。

そんな眼差しでこの内側の構造を見つめてみると、人生って本当に美しく神秘的な仕掛けだなあ、よく出来ているなあと思うのです。

ではここで一度、これまでの流れをまとめてみますね。

「自分は◯◯がない」という “信念” からではなく、「(自分も含めた)誰もに◯◯がある」という内側の世界から行動を起こすと、これまでと同じ理屈で、起きたことに関係なく「やっぱり◯◯があるんだ」という現実が体験としてやってきます。

そして万一「◯◯がない」という “痛み” の体験がやってきたとしても。「その痛みはあっていい」というスペースができていれば、その “感情” を身体で味わってちゃんと “声” を受け取ることができる(すべての感情は、感じることでメッセージを受け取ることができます)。
そして改めて、自分はどんな世界から現実を創りたいのかを選ぶ(”ない” or “ある”)。

そんなサイクルも創ることが可能なのだと、少なくとも僕は自分の体験から信じています。

※以下、意識の起点が異なる 2つのサイクルの対比

イメージはだいたい分かったけれど。じゃあ具体的にどのようにして、この内側の変容プロセスを歩んでいったら良いのでしょうか?
最後の章では、このプロセスを5つのフェーズに分けながら、それぞれのフェーズに適した変容のための技術を紹介していきます。

まず、変容の具体的なプロセスを、大まかに5つのフェーズに整理してみますね。

(1) あるがままを観る:
僕たちは目の前で起きている出来事をいろんな解釈を交えて受け取っています。
あるがままの事実を観察できるようにし、解釈を生み出している “感情” と区別して扱えるようにします。

(2) 安心安全の内的スペースをひろげる:
どんな感情もあっていい、という安心安全のスペースを内側にひろげます。
あるがままの事実を観察できるようになると、解釈に癒着していた感情が区別されて、抱いていた感情が浮上してきます。
感情は本来、思考でなく身体で感じることで、”大事にしたいこと”・”満たしたいこと” を教えてくれる、という機能があります。
それを体験として重ねることで、どんな感情があっても大丈夫という、安心安全のスペースを内側に広げることができます。
(これは、次のステップで扱う、最も抵抗感の強い “恐れ” を観るためにも大切なフェーズです)

(3) 無自覚な信念を理解する
要となるポイントが、このフェーズです。
これまでも紹介してきた無自覚な信念「自分は◯◯がない」と、そこから生まれていた行動パターンをここで理解します。
この信念の一文は、人からそれだけは絶対に言われたくない、触られたくない一言になっているので、開く前は強い恐れの感情で守られています。
ひとたびこの信念を自己理解できると、これまで無自覚に蓋をしてきた「過去の痛みの感情」が一気に開き始めます。
(まさに「ひらけ、ゴマ!」のように、感情の扉を開ける呪文の一言のようなものです)

(4) 信念の奥にある痛みの感情を受容する
信念が自己理解できると、それを生むことになった “過去の痛みの体験” と、そのときの “感情” にアクセスできるようになります。
この “痛みの感情” をしっかりと自己受容して、それがあってもいい、という状態がつくれることで、
はじめて “不本意な現実を生み出すパターン” から自由になり、本当に創りたい現実を選べることができるようになります。

(5) いのちの願いにつながり、選択する
“痛みの感情” が受容できて流れると、大きな筒状のパイプの詰まりが取れたように、そこにぽっかりと新たなスペースが生まれます。
そしてこれまで流れてくることのなかったようなエネルギー(これまで気づくことのなかったような願い)を受け取ることができます。
つまり、これまでの自分では絶対に取らなかったような新たな選択肢が、創造されるわけです。
もちろんその新たな選択肢を取ってもいいし、これまでの選択肢を取ってもいい。そこに良い・悪いはありません。
きっとこの選ぶことのできる幅こそが、人生の自由さであり、豊かさそのものですよね。
あなた自身で、創りたい未来を選び直す、選択のフェーズです。

※なお、これらのフェーズの順番で必ず内的変容が起こるわけでもなければ、内的変容のためにすべてのフェーズを経る必要があるわけでもありません。あくまで、概念として大まかな道筋が理解できるとあなたに安心が生まれるのでは、と思ってご紹介しています。一人ひとりの変容のプロセスは、もちろんそれぞれにユニークな旅路になるに違いありません。

では、これら5つのフェーズを整理できたところで、最後にいよいよ。
これまで僕自身が体験・探求してきた内的変容を促す様々な方法論(インナーテクノロジー)や先住民族の叡智を、各フェーズに合わせてご紹介します:)

これまで体験・探求してきたインナーテクノロジー

インナーテクノロジーとは、特別な誰かでないと扱えない技術ではなく、誰が使ってもある程度の再現性と効果がある、内的変容を促す方法論のことです。

ここでは、僕がこれまで探求してきたインナーテクノロジーを、効果的に働くフェーズを図示しながら簡単にご紹介します。

※なお、図にあるそれぞれの円は、効果的に働くと僕が感じているフェーズに位置させていますが、そのフェーズにしか効かない、という訳ではありません。あくまで僕の主観と感覚でデザインしています:)

  • マインドフルネス瞑想:ありのままを観察する瞑想法
  • ヨガ(アサナ・プラナヤマ・瞑想・サムヤマ):古典ヨガ源流の 4 つの実践
  • NVC(Non-Violent Communication):感情に宿る “いのちの声” につながり直す心理学の手法
  • メンタルモデル:無自覚な信念の構造を解き明かす技術
  • キネシオロジー:身体の非言語の声を聴く技術
  • ブレスワーク:感情浄化のための呼吸法
  • ヒプノセラピー:誘導催眠を用いた年齢退行療法などのセラピー技術
  • U理論:内的変容のプロセス全体を紐解くMIT発の理論

ネイティブ・アメリカンの叡智

僕にとっての “叡智の母”。
ネイティブアメリカンの長老 Wind Eagle

  • ビジョン・クエスト:人生の目的を思い出す4日間に渡る通過儀礼
  • スウェット・ロッジ:子宮に見立てた暗闇のサウナドームの中で、ありのままの自分につながる “生まれ直し” の儀式
  • ファースト・ピース・サークル:8つの方角のエネルギーから人間の持つエネルギーの全体性を紐解く技術

古代マヤ文明から続くペルー・シャーマンの叡智

僕にとっての “叡智の父”。
カポナワ族のマスター・シャーマン Don Francisco

  • スピリットの儀式:深夜のアマゾンで行われる、無自覚なパターンと感情の浄化、そして魂の目的を思い出す神聖な儀式

修了している公認資格

  • 全米ヨガアライアンス公認・ヨガトレーナー
  • 全米ヒプノセラピスト協会公認・ヒプノセラピスト
  • ネイティブアメリカン Ehama Institute 公認・ファシリテーター
  • Co-Creation Creators 公認・”Resonant Leadership” ファシリテーター
  • Google “Foundation of Leadership” 修了

とてつもない長文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?少しでもあなた自身が内側を観る助けになったのであれば、とっても嬉しいです。

出来れば各フェーズの技術をどう組み合わせて、どんなワークを行うかまで網羅したいところでしたが、そこはぜひ体験ファーストということで。

現在、これらのインナーテクノロジーや叡智を組み合わせながら、個人や集団の内的変容をサポートし、本当に望む現実を創り出すための講座・プログラムを運営しています。

興味をもっていただいたら、このお話の続きはぜひそちらで、実際に会ってお話しましょう:)

あなたと一緒に、内側の世界に眠っている “まだ見ぬ光” を探求できることを楽しみにしています!

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